おはようございます。
時代はここまで来たかと何とも感慨深いニュースを目にしました。それが「給与のデジタル払い」です。大昔は給与も賞与も給料袋の現金払いだったと言う話しは、年配の御門徒さんからよく伺う話しです。給料袋を落としてしまい、大変な思いをしたと言う話も結構あちらこちらで耳にします。一ヶ月のお給料を懐に酔っ払って帰ると言うのもある意味安心な社会だったから出来たのかなと思います。給料をもらうと、まずは神棚やお仏壇にお供えしてから有り難く頂戴するなんて話も聞きました。現金自動支払い機つまりATMが普及して徐々に給与が銀行口座に振り込まれるのが一般的になってきたのが昭和40年代から50年代の頃です。通帳の数字が増えるだけで有り難みがないなどと揶揄されながらもスッカリそれが当たり前になってしまいました。それが今度は銀行口座にも入らないと言うのがデジタル払いです。僕も普段の生活で○○ペイのようなスマホでのキャッシュレス決済を利用しますが、そこに給与がチャージされるイメージの様です。ますますお金って何だろう?と言う状態になってきますね。そういえば禅宗のお坊さんはお賽銭をいただくときに手で触れないよう、首から下げてる頭陀袋に入れてもらう様なことを聞いたことがあります。仏様は色も形もましまさずといい、見えないし手に触れることが出来ない存在です。お金もそんな様子になってきています。とあるお説教で、一見、宗教に見えないけど宗教の様なものが世の中にある、その一つがお金ですと言うお話を聞きました。人によっては人生の拠り所、もしくは価値判断基準がお金と言う方もおられるでしょう。そういう意味で、その人にとってはお金は宗教(のようなもの)なのです。仏様は目に見えないけど存在するものと言ってもピンとこない人が多いですが、一つの例えとしてお金が全てキャッシュレスになったらとすると何となくイメージしやすいかも知れませんね。皆さんの人生の拠り所は何でしょうか。
それでは、今日も手を合わせることから1日を始めましょう。