おはようございます。
三蔵法師というと西遊記のモデルになった玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)が有名ですが、大勢の三蔵法師がおられました。三蔵法師とは三蔵、つまり経蔵・律蔵・論蔵の三つに精通している法師(僧侶)を指す言葉です。経はお釈迦さまの教え、律は僧侶が守る規則など、論は仏陀の教えに対する注釈や解釈を指します。つまり仏教全般に通暁している僧侶が三蔵法師です。西遊記でも天竺への道すがら盗賊含め色々なものに襲われましたが、実際にも命懸けでインドから経典などを中国へ持ち帰ったようです。中には命を落とした三蔵法師も多くいたとか・・・。三蔵法師は仏教の教えだけはなく、言葉にも通じてなければなりません。インドの言葉がわからないと、中国の言葉に訳せないので三蔵法師は今どきの表現で言えば超エリートということになります。正信偈は親鸞聖人がお書きになった偈文(お経)ですが、仏説阿弥陀経は鳩摩羅什(くまらじゅう)という名前の三蔵法師が訳されました。鳩摩羅什三蔵は最初の三蔵法師と言われ、玄奘三蔵と並んで二大訳聖と呼ばれています。阿弥陀経と観無量寿経と無量寿経はそれぞれ別の人の訳ですが、阿弥陀経が一番読みやすいです。一番お勤めする機会が多いというのも理由かもしれませんが、阿弥陀経が一番滑らかにお勤めできます。中国語のことは分かりませんが、名訳なのだと思います。無量寿経については五存七欠という言葉が伝えられています。無量寿経は12回訳されており、そのうち5つが現存し、7つが存在が伝えられているものの散逸して見つかっていないとのことです。訳したお坊さんによって表現が異なる部分もあり、現在はその違いを分析することも研究分野になっています。お経本は開く時と閉じるときに恭しく頂戴しますが、これはお釈迦さまがお説きくださったこと、三蔵法師を含め多くの先人の苦労の上に今の世に伝えられていることへの感謝と敬意によるものです。お経本は大事に扱いましょうね。
それでは、今日も手を合わせることから1日を始めましょう。