おはようございます。
祖父はとにかく歩いてお参りに回った人でした。春夏秋と年に三回お参りに出たとも聞きますし、少なくとも秋のお参り時期は1−2ヶ月お寺を空けっぱなしでお参りに出てたそうです。歩いた距離は現代の感覚からするとびっくりする距離に思えます。山道の10キロ程度は裕に歩いていたでしょう。歩くのがごく自然の時代でしたし慣れていたのもあるでしょう。しかし車に慣れっこになってしまった我々には到底真似のできることではありません。昨年、冠山に登った話は書いたと思いますが、その程度の道のりはお茶の子さいさいだったでしょう。実際、御門徒の方に冠山に登りましたと話をしたら、80歳くらいの女性の方が、昔は片道1時間かからずに登ったと言っておりました。ちなみに冠山は麓の冠山峠からの標準タイムは1時間半です。僕は休み休み登りましたのでもうちょっとかかりました。ですから山育ちの方の山道・山歩きの感覚は明らかに今の感覚と違います。炭焼きをしていた時代、男性は5−6俵、重さにして75−90キロ担いで運んだという話も以前しましたが、戦争に引っ張られた御門徒のお爺さんが、学校出てから来る日も来る日も家の手伝いで片道10キロの山道を炭担いで運んでいて、毎日しんどい思いしていたと語ってくれました。だから今でも体が丈夫なんかもしれんとも言っていました。昨日は吉崎別院で勤修されている御忌(ぎょき)法要のお手伝いに行ってきました。車で片道小一時間かかります。吉崎は結構遠いなぁなどと感じますが、昔はこれも歩いて行き来したのでしょう(吉崎には船で行き来するルートもあったそうですが・・・)。車で1時間は確かに近くはありませんが、昔の人の苦労を思えば近いものですね。明日、またお手伝いに行く予定です。
それでは、今日も手を合わせることから1日を始めましょう。