おはようございます。
今日は長崎で平和祈念式典が行われます。戦争から終わってから76年を数えます。祖母の記録を辿っている中で、地元局が祖母が99歳の時に戦争の記憶という企画の中で取材に来られました。僕もよく知らない話だったのですが、長慶寺では昭和19年に大阪の3年生の女児32人を集団疎開で受け入れていたそうです。祖母はあまり僕たち家族に戦争のことは語りませんでした。断片的に話してくれることはありましたが、滅多に話してくれませんでした。花が好きな祖母でしたがサルビアの花はあまり好きではないようです。理由は戦争の辛い最中に咲いているのをよく見かけ、サルビアの花を見ると戦争の辛かった思い出が蘇るからだそうです。御門徒のお宅でも立場上、戦争の話をよく伺いました。でも後でご家族の方に聞くと、家族には戦争のことは話してくれなかったというお家が結構あります。心のうちにしまっておきたい、話したってわかってくれない、煙たがられると家族には口を閉ざしていた方もお寺さんにならと語ってくれたのでしょう。大阪からの疎開の方達は、近年までたまに訪ねてきたりされる方もおられたそうです。今おられると86歳ほどですね。疎開ということは歴史の教科書でも学びますが、改めて考えてみると小さな子供達が友達と一緒といえども親元から遠く離れてやってきたわけです。心細さや、寂しさ、環境の違いの戸惑いなど大変だったろうなと思います。歴史の授業は好きでしたが、歴史的事実を学んだり覚えたりすることが主でした。しかしそこには人間が関わっているわけですから、その中で色々なことを感じたり思ったりすることがあっただろうと今は思えるようになりました。毎日毎日、戦友がひとりまたひとりと亡くなる中で戦った兵隊さんはどんな心境だったのだろう等々。そういえば先日八尾の大伯父さんから頂いた手紙に、親からは暑さ寒さのことは言うなと教えられました。外地で戦う兵隊さんは厳しい暑さ寒さの中で戦っている。そんな方々のことを思えば、ちょっと暑かったり寒かったりしたくらいでアレコレいうものではありません、とのことでした。歴史のお話ではなくても、事実の裏で人々は何を考え、何を感じ思ったのか、これからは考えられるようにしようと思います。
今日も手を合わせることから1日を始めましょう。