おはようございます。
子供さんに、同僚に、友人に、お連れ合いさんにと、我々は常に「頑張って!」と声をかける機会が多いと思います。発奮させたり、成功を願ってという気持ちの延長で出る言葉ですが、時として言われた当人にとっては重荷になっていることも多いでしょう。お釈迦様は苦行も経験され、1日に口にする食べ物は塩をひと舐めだけで過ごした時期もありました。苦行の末ガリガリになったお釈迦様の像が伝えられています。肋骨が浮き出て、ミイラかと思うほどの痩せこけている像でした。お釈迦様はある時、川を下る船の上で弦楽器を奏でる人の様子を見て中道こそが求めることだと気付かれたと伝えられています。弦楽器は弦を張りすぎると弾くとともに弦が切れてしまいます。逆に弦を緩くしすぎると綺麗な音が出ません。程よく張った弦だからこそ素晴らしい音色が鳴り響くのです。修行も同じだと悟りました。苦行こそが仏になる道だと信じて修行に励んでいたわけですが、程よい中道こそが求める道だと気付かれたわけです。手を抜いたりダラけることを勧めているわけではありません。物事に一生懸命に打ち込むこともとても大切です。僕も大学受験では猛勉強をしましたが、その時の経験がその後、物事に取り組むときの自信にもつながっています。頑張ることも大切ではあるのですが、頑張れないことだって人間ありますし、結果が伴わなかった時、自己否定することだってあるでしょう。そんな時は一旦立ち止まってみましょう。多くの親御さんはお子さんに何を願っているか聞くと、健康でいてほしい、幸せになって欲しいと口にします。成功を一番目に願っているのではなくて、健康や無事を願うわけです。何かに成功することは幸せになる手段として願っているわけであって、まずは貴方の健康と無事が願われています。何かに失敗してうまくいかなかったとしても、失敗したそのままの貴方を受け入れ受け止めてくれます。頑張らなきゃダメなことはありません。頑張れるときは頑張りましょう。でも無理なときは、ちょっと頑張るのをおやすみしてみましょう。人生は短いようで、長いのですから。
今日も手を合わせることから1日を始めましょう。